記事

夛田麻里子2023.6.10

夛田麻里子「まんだらけ社員食堂と日々の映画の記録⑥」

物凄い。えげつない暴力とどぎつい昭和のエネルギーに頭が痛くなった。深作欣二の映画『人斬り与太 狂犬三兄弟』の話である。
血と吐瀉物の臭いがモロに鼻をつく感じ。菅原文太主演の「三兄弟」と聞けば、伊吹吾郎や待田京介など正統派が登場するのを想像してしまうが、残りの二人はまさかの田中邦衛と蛇使いの三谷昇という怪優たち。この時点でヤバすぎる。

強姦、ゆすりたかり、破壊と暴力の限りを尽くしかつて無い狂犬っぷりを見せる菅原文太。彼はヒロイン・渚まゆみを強姦し挙げ句の果てに売春まで強要する極悪非道のやくざだが、彼女の純朴さと反骨精神の前には敵わない。文太が出前のラーメンにのったチャーシューを彼女に一枚あげるシーン、今の世の中で上映されたら色々問題はあるかもしれないが、彼の人情味を垣間見るシーンにはどうしても心動かされずにいられない。ラスト、一人でラーメンをすする渚まゆみの姿は切なく、見事である。

まんだらけの社員食堂のラーメンは、もはや名物と言ってよいだろう。作り手のこだわりが随所に感じられ、社員食堂で提供される一杯とは思えないほど本格的な仕上がり。ラーメン好きの部長らが食べ歩いたその豊富な経験値から、実にバラエティ豊かな一杯が生み出されるのである。名店再現シリーズやここ最近定番化しつつある「昔ながらの中華そば」シリーズなど、スープからチャーシューに至るまで一から手作りされその目指す味に到達していく。スタッフたちの労をねぎらう目的で中野店の棚卸し当日に登場するのが恒例だ。今年3月の棚卸しで提供された「昔ながらの中華そば Vol.2」は焦がしネギが効いた、懐かしさと本格的でスマートな味わいを両方楽しめる一杯だった。

『人斬り与太 狂犬三兄弟』に充満する昭和のギラギラしたエネルギー、それに匹敵するほどの熱量が注がれた社員食堂のラーメンはあまりにもさりげない"昔ながら"の佇まいで湯気を立てている。いつの時代のどんな人間も、こういう一杯に胸打たれるのだなと思いつつ、たっぷりのったチャーシューにほくそ笑んだ。

生の大根食べ歩き。中島貞夫監督の『脱獄広島殺人囚』のラストシーンの痛快さにはもはや何も言うことがない。なぜ大根なのか、どこで手に入れたのか、そんなことはどうでもいい。ただ、何度目かの脱獄に成功した松方弘樹が線路を歩きながら大根を一本手に引っ提げて丸齧りしている映像がある。シケモクを拾い、線路のレールに石を打ち付け火を起こそうと奮闘している姿で映画は終わる。最高…けしからん映画である。

この映画は松方弘樹が脱獄を繰り返す、ただそれだけなのにめちゃめちゃ面白い。刑務所から逃げ出しそこで懲りずに犯罪を犯し、捕まる。このしょうもなさに元気をもらえる。一見脱獄映画の体裁をとっているが三国人役の室田日出男と川谷拓三が森で牛を解体するシーンが突如出てきたりとにかくワイルドで生命力に溢れた飯映画でもある。

もう大根を食べるたびにこの映画を思い出さずにはいられなくなった。静岡おでん、タイ風ふろふき大根、ぶり大根…自分で買っても一本食べきれない大根がまんだらけの食堂のメニューで登場するのはありがたい限り。丁寧に煮込まれお皿に行儀よく収まったそれらの「日本人でよかった」と思えるような地味深い味わいはもちろん素晴らしいのだが、この大根たちが調理される前の真っ白いでーんとした姿が目に浮かんでくる。『脱獄広島殺人囚』の松方の荒々しい生命力が大根そのものに重なる。しっかりと美味しく調理された大根を噛み締めながら食べる自分はあの松方弘樹にはなれないのだなと思う。そんな平和な昼下がりに感謝をし、一方で妙な活力がムクムクと湧いていることに気が付く。

記事一覧に戻る